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縫いなおされる星座――灰原千晶の制作思考

勝俣涼(本展企画者)

[fig.1]Playground

[fig.2]北極星を動かす方法をめぐって
ーいくつかのタスク

たとえば日中の晴れ間には星が見えないように、強い明るさで充実した空気に隠れている、ひとつのあるいはいくつかの小さな明るさが、どこかにあるとしよう。その小さな明るさは、強い明るさを受けた事物の明瞭な輪郭と対照をなし、まるで存在していないかのように私たちの眼をすり抜けている。しかし、強い光の供給が何らかの要因によってひとたび抑制されたなら、その度合いに応じて、隠れていた明るさと可視性の質を交換することになる。隠れていたものが現われ、現われていたものが隠れる。この交換の回路は、そのつど豊かに表情を変えながら反復されていく。

灰原千晶の作品について考えるとき、そのいくつかは、こうした回路に言及するもののように思われる。それらが提示するのは、何らかの完成した表象ではない。それらはむしろ不完全な、すなわち建設の過程にある、あるいは知られつつある何ものかのイメージにかかわっている。だからその様相は、なかば必然的に、持続的・運動的なものとなる。ときには身体が、そうしたイメージの媒体として、ある対象なり別の身体に関与し、関与される。

このように身体を組み入れたケースとして、たとえば《playground》(2015)[fig. 1]がある。敷地を隣接する武蔵野美術大学と朝鮮大学校との合同企画展「武蔵美×朝鮮大 突然、目の前がひらけて」(2015)に出品された作品だ。その映像には、両校を隔てる塀をネットに見立ててバレーボールをする、一連の行為が記録されている。ネットに見立てているといっても、それは視線をはね返す壁であるために、そのプレーにおいては、互いに相手側の様子を観察することは許されていない。送り出したボールがどのように受け取られるか(あるいは受け取られないか)、そして塀の向こうからどのようなボールが送られてくるか、その見届けと予測は困難だ。思いもしない形で突然現われるボールに、意表を突かれもするだろう。

そこにあるのは、けっして円滑とはいえない交渉の場であり、そのプロセスに従事する、不安を抱えた身体である。逆にいえば、見えるものと見えないもの(見なくてよいもの)がいつも決まりきったものであるならば、私たちは不安とは無縁でいることもできるだろう。だが本作が描き出していたのは、不安が無視できないものとしてあるからこそ、ボールの交換を声の交換によって補いながら(たとえば「人数増えました、こっち」という報告)、ゲームの場を成立させようと試みる過程だった。それは、共有可能な秩序を開発する努力でもある。

こうして形成される秩序は、ひとつの関係の図式といえる。だがもし、ある図式をいつしか既成事実(決まりきったもの)と見なすようになってしまえば、そのとき私たちは、最初にみずからが異を唱えたはずの態度を内面化してしまうことになる。《北極星を動かす方法をめぐって――いくつかのタスク》(2012)[fig. 2]において灰原が企んだのは、そうした膠着状態をほどいて押し開き、新たな図解として再結節化する手続きだった。決まりきったもの、動かないものを、どうにかして動かすこと。航海者が進路を判断する助けとしたように、北極星は天空の決まった場所にいつでも必ず投錨されていると見なされてきた。だが実際には、北極星は少しずつ動いている。そうした現象からも示唆を受けつつ、「北極星を動かす」という課題への応答として灰原は、北極星というモチーフをそれにまつわる神話や連想といった想像的ファクターによって次々と修飾していった。こうして書き起こされた脈絡を複数的に布置し、その媒体となる個々のイメージやオブジェのあいだに、呼応的なコノテーションを活動化させる。それは意味形成の磁場、様々なイメージの比較参照の図式を活動化させることである。この図式は原理的に、再結節化=縫い直しへと開かれている。それは、現われていたものが隠れ、隠れていたものが現われるような事態だ。北極星は、意味の生産という次元において「動いた」わけである。

動く北極星は、航海者を迷わせるかもしれない。北極星と航海者のこの関係にはどことなく、あのバレーボールの図式を思わせるところがある。そして今回の、つまり本稿がそれに向けて書かれているところの展示において、灰原が取る構えもまた、この質感と無関係ではないはずだ。撮影者(カメラ)との距離の変化に応じて、そのつど焦点化と脱焦点化、再焦点化を繰り返すダンサーの身体の部分。それぞれに特有の属性を備え、ことによると可塑的な形態をもつ媒質に投じられ、屈折し、透過し、反映し、揺動し、あるいは放散するイメージ。演者の舞は宗教的な忘我をモチーフとしたものである。ならば、それはまた新たな形で、(我=私の身体という)輪郭の画定と解消、あるいは再定義にかかわっていると、こう期待してみることは妥当だろうか。

”lighthouse vol.12 勝俣涼企画 
灰原千晶『縫いなおされる星座』”

発行日:2017年12月7日
発行:switch point
写真:星野健太(p2,6-7,8,9,10)
デザイン:本郷かおる(switch point)
執筆者:勝俣涼


lighthouse vol.12 Curator=Ryo Katsumata, Chiaki Haibara solo exhibition “Re-sewing Constellation”

The date of issue :7th December, 2017
Publisher:switch point
Photo:Kenta Hoshino(p2,6-7,8,9,10)
Book design :Kaoru Hongo(switch point)
writer:Ryo Katsumata

*This brochure was published as a catalog of the exhibition.